本のタイトルは不明だが 虐待の連鎖を思い出し今思うこと

日々思う事や疑問

以前 題名のわからない 虐待の連鎖について書いてある本の事を記事にしたが それを思い起こし今思うことがある

自分がやられたことは 人にやってしまう これが虐待の連鎖なのだろうが やられた側はなんでこんな事されるんだろう?と疑問に思うだろうか 年齢によるのだろうが 小学校ぐらいの年齢では、そうは思わない気がする少なくても私はそうだった。

周りとの家庭の環境の違いも知らないし 家庭が世界だったから なにをされても こうなんだ としかおもわなかった。

もちろん 痛いのは嫌だし

空腹で毎日いるのも嫌だったが

自分では解決できない お金がないから 空腹でも何も買えないし 親に言えば叩かれるし ただただ親からの施しをまつだけ 施しをうけるにも 様子をうかがい 目を合わせず 食べる量もなんかこれだけなら怒られないかな?なんて思いながら食べた記憶がある。

こんな生活を経験すると これが人と違うことがわからない ある年齢になり周りの人の話を聞いていると 人との違いがわかり 人とは自分が違うことに気づいたが 子供の頃の経験は成長しても自分の根幹をなしている気がする そして自分がやられたことは、自分がしてしまうとおもう その方法しか知らないから そうするしかないんじゃないかと、そう考えると私の親ももしかしたら 虐待されていたんじゃないかと思うことがある 私からみれば親は加害者だが親も被害者だったころがあるんじゃないか?そう思うことがある。

皆さんはどうだろう 思うことがあれば教えてほしい